『恐怖の兜』

  • 2008/08/05(火) 22:14:06

恐怖の兜 (新・世界の神話)恐怖の兜 (新・世界の神話)
Victor Pelevin 中村 唯史

角川書店 2006-12
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現代ロシア文学界を引っ張る新鋭作家、ヴィクトル・ペレーヴィンが「世界の神話」プロジェクトの一環で描いた現代版の「神話」。
本作は古代ギリシアのミノタウロスの伝説をベースに、ペレーヴィンがその特異な想像力を駆使して、まったく新しい物語を展開しています。
ミノタウロス伝説について詳しく知りたいという方はここをご参考に。
では、ひとまずあらすじ引用。


>「いったい、ここは、どこなんだ!?」彼らは孤独に、それぞれ目覚める。そこは小さな部屋、あるのはベッドとパソコンだけ。居場所を把握するため、仲間探しのチャットが始まる。呼びかけに応じたのは、男女八人―。どうやら自分たちが迷い込んだのは、「恐怖の兜」をかぶった巨人の世界らしい。その正体は、牛の頭をもつ怪物ミノタウロス。そう、つまりこの奇妙奇怪な世界は、ミノタウロスの迷宮なのだ。そして彼らは救出の時を待つ。ミノタウロスを退治した、英雄テセウスを。しかしその脱出劇には…驚愕の結末が。現代ロシア文壇に異彩を放つ寵児ペレーヴィン。驚異的な空想と論理をもって一気に描ききる、テセウスとミノタウロスの迷宮神話。


この通り、本編は最初から最後まで、チャット形式で男女八人が会話をしていく形になっています。
各人は同じような部屋にいるのですが、どの部屋にも何処かへ通じているドアがありながら、そこから外に出られる、特殊な部屋に入れる、または行き止まりしかない・・・というように各部屋の状況には多少の差異が生じています。
そして、登場する八名はもともと何者かの手によってハンドルネームが定められており、それぞれ以下のように名づけられています。

モンストラダムス
イゾルデ
ナッツクラッカー
オルガニズム(^o^)
サルトリスト
アリアドネ
ウグリ666
ロミオとコイーバ

見たことのあるような名前もちらほらありますが、そこはペレーヴィンなりのユーモアなのではないかと思います笑(特にオルガニズムの後ろの顔文字(^o^)
この中でキーとなるのは、上記の神話にも登場するミノタウロスの妹と同名の「アリアドネ」です。
もともと全員が参加するチャットを立ち上げたのも彼女ですし、彼女は「夢」の中でミノタウロス側(迷宮側?)の小人と会話をしたり、夢から重要なものを持ち帰ったりと物語を解く核となっていると言えます。
ただ、だからといって単純にアリアドネ=「アリアドネ」ではないとも一言添えておきます。

しかし、内容は難解というほかありません。
舞台設定自体が近未来のようで、「カブトラー」のような新しい概念が登場したり、時々なされる観念的な会話などは簡単に理解できるものではないですね・・・。
そして、表題とされている「恐怖の兜」そのものは最もわかりにくい。
その構成要素は「正面網」「今の格子」「迷宮分離機」「豊饒の角」「タルコフスキイの鏡」とこれもまたわけのわからないものばかりで、そこでは過去が上にあって未来が下にあり、「印象の流れ」が「正面網」に当たって何かが生じて過去と混ざり合って「希望の泡」となって未来の領域に流れて・・・と構造を理解するのはもう不可能な気がします・・・。
こういった部分は他の小説でも言えることですが、ある程度読み飛ばしても大丈夫かなと思います。

そして最後に、この物語全体を理解する上で重要となるのは、「ディスクール」という概念であると自分は思いました。
これは「ナッツクラッカー」のドアの向こうにあるテレビの中で、我こそはテセウスだと何名かが立候補するテレビ演説の中の立候補者の一人が言っていることで、「物事や考えを言葉で説明すること。またはその言葉、言説」(本編p207脚注)という意味らしいです。
そして、この物語がチャット形式で展開されていることは、つまり全員は「ディスクール」でもって繋がっていると言えるわけです。
彼らは自分の経験を語りますが、それは本当に経験しているのか、あるいは真実を語っているのかを他者が理解することはできません。
この物語内の世界が「ディスクール」で創られている以上、迷宮こそは実はこの「ディスクール」にほかならず、また「ディスクール」自体も一つの迷宮であるといえるのではないでしょうか。
だが、言説に対しては、それを疑ってしまっていてはキリがないと、本編でも「モンストラダムス」が言っております。
しかし、もし「ディスクール」の迷宮を抜け出すことができたらその先には何が待っているだろうか・・・。
まぁ、でもこれはあくまで自分の解釈にすぎず、物語の中では違った解釈がとられています。

それにしてもあのオチは想像できなかった・・・というか思いつきませんよ、我々では。
ネタバレをしてしまいそうなので、これにて・・・。